離婚裁判3年目 判決離婚後の慰謝料裁判で一審判決棄却を不服として上告、このたび、晴れて高裁で勝利を獲得しました
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08/30
2007 Thu
叔母という人
今週、月火、遅い夏休みをいただき、祖母、伯母、叔父、母の温泉旅行に同行しました。

母は退院後、初めての旅行、私もなかなか休みが取れず、祖母とも10年以上旅行もしておらず、せっかくの機会だったので無理して休みを取りました。

祖母の家に着くと、今回の旅行の参加者の伯母たちが待っていましたが…十数年ぶりに会う叔父から見知らぬ方を紹介されました。

叔父の再婚相手の方でした。

叔父は10年以上別居していた叔母と、娘の結婚を機に去年やっと離婚、そしてすぐに再婚をしました。
再婚したことは知っていましたが、その相手が今回の旅行に来るとは聞かされていなかったので、本当に戸惑いました。
叔父は、元旦那と同じ職業ということもあり、私的には叔父の離婚、再婚は実はかなりひっかかっていたのです。

離婚した叔母は、かなり物事をはっきり言う人で、自己主張もかなり強い人だったと記憶しています。
その叔母とは対照的に、高齢の祖母のことを気遣い、叔父に気遣い、本当に女性らしい方でした。

が…やはり、どうしても元旦那と重なってしまい、最初、自分の中で、その新しく叔母となった人を受け入れることができずにいました。

旅館に着く早々、お風呂に入り、宴会となり、いい気になって飲んだ私は部屋に戻るとあっという間に眠くなってしまい転寝してしまいました。
目が覚めたのは10時過ぎ。
別部屋の叔父夫婦と祖母は部屋に戻ってしまっていました。

それから母と伯母と再びお風呂へと行きました。

私はひとり川岸の露天風呂へと降りていきました。

するとそこには、とっくに寝たはずの叔母となった人がいたのです。

そこへ母と伯母がやってきてしばし4人でおしゃべり…母と伯母はあっという間にのぼせてしまい、上がっていきました。

後に残されたのは私と叔母…。

正直、何を話していいのかわからず、ちょっと気まずい雰囲気が流れてしまった気がしました。

最初に口を開いたのは叔母でした。

「お母さん大変でしたね」

入院していた母のことを心配してくださっていました。
それを口火にいろいろと話をしました。

叔父とのことは何となく触れてはいけないのではないかと思い、あえて聞きませんでしたが、話の流れでなんとなく叔母が私に「ご主人は?」と聞いてきました。
いきなりの話の展開に私も「ひとりですよ」としどろもどろになってしまいました。
あまり親戚にもおおっぴらにはしてないですから、10数年会っていない叔父が私の離婚を知らなくても当たりまえのことですしね。

で、なぜひとりなのかという説明をし始めたら、口が止まらなくなってしまいました。
彼女のやさしい言葉やまなざしに、私の警戒はあっという間に解けてしまい、叔父がなぜこの人を選んだのか、よくわかった気がしました。

叔母は本当に怒っていました。

「どっちが悪いにせよ、一度、結婚したらその人の人生を変えてしまったのだから、終わりにするときはきちんとその責任を果たさなければならない、卑怯だ」

と言っていました。

そして、叔父は、元叔母と離婚するときに、家も貯金もそして、離婚せず年金を分割すれば叔母が当然もらえる額を借金をしてまで準備して渡したのだということを教えてくれました。

叔父は元旦那とは全く違う人種であったことに心からほっとしました。
一時でも、叔父を元旦那と同一視していた自分が恥ずかしくなりました。

叔母はこんなことも言っていました。

「私は生まれたときからずっと地元で育ってきてほとんど地元を出たことがなかったのですが、こんなに遠い所でのんびりと露天風呂に入っているということがとても不思議です。これも縁なんですね。本当に縁は大事にしなければと思います」

そんなこんなで叔母と話がはずんでしまい、気付いたら1時間以上、露天風呂に浸かっておしゃべりしていました。
出たり入ったり、夜風も気持ちよかったので、のぼせずに済みましたけど(^_^;)

次の日はあいにくの雨でしたので、宿でちょっとのんびりしてから出かけることに…。
で、また懲りずに露天風呂にもう一度入り、朝食をいただいてから出発。

帰りはおみやげものやさんめぐりをしながら、新幹線と飛行機で帰る叔父夫婦を駅まで送っていくことに…。

途中、弁護士さんから電話がありました。

「今週、金土、荷物運び出しのための下見はいかがですかとのことです。なるべく顔を合わせたくないので、決めた時間だけ鍵をあけておくとのことですが」

そんないきなり今週末と言われても、しかも平日なんて絶対に無理。
第一、今週土曜日は前から休日出勤と決まっていました。

相変わらず、自分の都合しか考えない男です。

楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、駅に着くと別れ際、叔母が私の元にこっそりやってきて、小さな包みを渡してくれました。

「あなたの心がこんな色になることを祈ってます」

そう叔母は言いました。

びっくりしている私にその包みを私に押し付けると、叔母は叔父と一緒にみんなに見送られて駅の階段を何度も振り返り、手を振りながら帰っていきました。

叔母からいただいたその小さな包みは、自分の家に帰ってくるまで開きませんでした。
その叔母の言葉と小さな包みは、帰りの道中もずっと私の心の中にふんわりと暖かいものをともし続けてくれていました。

家にたどりつき、ひとりになってからその包みを開くとそこにはこんなメッセージが書いてありました。

「旅の想い出です。貴女の心がこんな色になります様に」

その包みの中には、淡いピンク色のふたつの茄子が合わさってハート型になったお皿が一枚入っていました。

本当に心があたたかくなり、叔母のやさしい心使いに涙が出ました。

叔父夫婦も色んな苦労があって今の幸せがあるんだろうなと思います。
当然、そこには離婚した叔母の悲しみや苦労も背負っているはずです。
だからこんなにも他人に対してやさしくなれるのかなと思いました。

自分もいつか叔母のような人間になりたいな…そう思いました。
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08/24
2007 Fri
どうするか考え中
今日は、財産分与裁判の期日でした。

まず、家の庭に奴が建てた書斎…査定がゼロ円でした。
これについて、異議を申し立てましたが「固定資産税を支払っていないので査定はゼロ」と言ってきました。
単に「家屋登録」を怠っているために固定資産税が発生していないだけで、電気も通っていれば水道やトイレもあり、建築やさんにデザインして建ててもらった建物です。
「違法建築物」にならないのでしょうか?

また、アメリカにある銀行口座についての内容開示を求めたところ、「過去の履歴を取ることはできないので開示できない」とのこと。

これもおかしい。
アメリカの口座は銀行が地方の口座なので、現地に行かないと出入金ができない口座。
なので、結婚している当時から利息が増えているくらいで極端に増えたり減ったりはしていないはず。
(意図的に何もしていなければの話)

そして、婚姻期間中に購入した車についても財産に入っておらず、これについては「別居期間に買ったものだから関係ない」との答え。
私の車も別居期間に買っていますが、当時の新車値段にされて、私に財産分与の前倒しで渡したものとされています。
これ、おかしくないですか?!

お金のことなので、ああだこうだとあまり言いたくはありませんが、あまりにも自分に都合よくしている気がします。

これについては異議を申し立てましたが…法的にはどうなのか、私にはよくわからない。

そして、今回の相手方の陳述書についての弁護士さんの見解を求めましたところ、このような答えが返ってきました。

「相手方の陳述書は、学者らしく、言葉の使い方や装飾がうまく、素人なら騙されるでしょう。裁判官は通常は文書の飾りにごまかされた情緒的な認定をすることはありませんが。今度の相手方の陳述書はやはり相当ひどいものですが、瑣末なことを極端に表現することに帰って印象を悪くするのではないでしょうか。内容的にもすでに再三言ってきた事柄ですので、あえて反論を書いても同じことになってしまうでしょうね。水掛け論ではなく、客観的な証拠を示すことができれば意味があるのですが、それにしても全体からすればあまり重要な事実ではないので、この陳述書には対応しないという結論でよいのではないでしょうか」

気持ち的にはもうあの陳述書、読みたくないです。

反論を書かないと決めてしまえば、もう読む必要もありません。

少し考えてみたいなと思います。
08/24
2007 Fri
ひさびさ
こんな時間に目覚めてしまった。

かなりくやしいのかな…。

証言してくれた友人たちのこともこきおろされていました。

みんな犬関係の友達だから、犬についての証言は、通常の人間からはとうてい理解できない感覚での証言だ…みたいなこと言ってます。

「みんな」ではありませんよ。

犬関係ではない友人、顔や名前をよく知っている友人も犬についての証言してくれていますがそれは無視ですか?
私の犬の友達はみんな常識はずれですか?

私自身のことばかりではなく、犬たちだけでなく、私のために証言してくれた友人たちも異常者扱いです。

証言結婚直後からの私たち夫婦の「危機」に気付いていなかったとは今更ながらあきれる…とか、そんなことばかり。

私の性格は「都合の悪いことはすべて隠蔽する、それが異常なほど極端、わがまま、自己中心的」だそうな。

自分をよい人と見せ掛けるために「感謝している」なんて陳腐な台詞、やめてほしい、ホントに。
08/23
2007 Thu
読了
ことばもありません。

またね、自分がものすごくろくでもない人間に思えてきて仕方ないです。

ひょっとして、やっぱりそうなのかなぁ…

こんな裁判終わりにしてやすらぎを…と心から願っているんだそうです。

和解を拒否して裁判続行を決めたのは自分だってこと、忘れてる?
裁判、最初に起こしたのは自分だってことも、忘れてる?

そしてもう一言

裁判のための「事実確認」のための論述ばかりで、彼女に対してさまざまなことを感謝していることについて述べる場がないことを残念に思います

のだそうです。

偽善者…そんなことばが頭をよぎりました。
私がねじまがっているのかな?

海で本気で溺れかかったヤツを助けなければよかった…。
喉にモノをつまらせて死にそうになったヤツを助けなければよかった…

いけませんね、そんなこと考えたら。
08/23
2007 Thu
ご連絡
来ました。

結論から言うと、今回は「判決」なるものはありませんでした。

今回の裁判所からの伝達事項は

「話し合いで解決するのは無理と判断し、審理を終結して判決することになりました」

ということでした。

その判決が出る期日は2ヵ月後。
また2ヶ月も待たなければならなくなりました。

そして今日、相手方が今回の期日のために提出してきた陳述書の写しが送られてきました。
…まだ読んでいません。
1ページ読んだら疲れました。
あとは、いつ倒れてもいいように、ベッドに横になって読もうかなと(苦笑)

毎度のことですけどね。

弁護士さんのお好きな言葉に「語るに落ちた」っていう言葉があるようですね。
うちの先生もたまに使いますし、先日、テレビでも有名弁護士さんが使っていました。

今回の陳述書1ページ目にその言葉が書いてありました。

でも、私は頭が悪いのでしょうか…どこが「語るに落ち」ているのかさっぱり理解できません。
何が言いたいのか…どこが矛盾しているのか…相手方が指摘していることについて全くわかりません。

頭がよい方のおっしゃることは難しすぎてよくわからない…やっぱり、馬鹿なんだな、私ってば。

まぁ、本当はこんな裁判やってること自体が馬鹿なのかもしれない。

でも馬鹿は馬鹿なりにプライドというものもあるわけで、前に進むためにはきちんと納得できなければ進めないという頭の硬さもあり…本当に自分をもてあましかかってたりします。

はぁ…

万全の態勢をもって、小難しい陳述書を読みましょうか。

どこまで絶えられることやらですが。
08/23
2007 Thu
うっかり…
今日の午後…結審のハズでした。

朝から仕事がめっちゃ忙しくて、夕方になっても弁護士さんから連絡がなければこちらから電話してみようと思っていたのですが…結局、電話できる状態になったのは夜の20時過ぎ。
ダメ元で弁護士さんにメールしてみましたが…お返事なし。

う~ん…

また忙しくて裁判所に結果を取りに行っていないとか、ひょっとして今日は結審じゃなかったのではないかとか、もしくは…また棄却で、ショックを受けるから連絡してこなかったのではないかとか…いろいろ憶測してしまっています。

明日は連絡取れるかな。
聞かなければいけないことなんだけど、聞くのがとっても怖かったりします。
08/17
2007 Fri
最終陳述書
お盆休みを終えた弁護士さんから、提出してあった陳述書をきれいに整形していただいたものが送られてきました。

「前回陳述書は大作でしたが、これはコンパクトにまとまりました」

とのコメント。

今回は2枚程度と言われていたので、ワードの縦横の字数を調節して3枚に押し込んでみましたが、法的文書って縦横字数が決まってるんでしょうか、結局、整形して5ページになりました。

カットされている箇所は全くなく、私の主張、すべてを記載していただきました。

最後に付け加えたことば…

「私が円満と思っていた結婚生活は、長い間、夫が仮面夫婦を演じていたという異常なものであることがこの裁判を通してやっと理解しました。しかし、この結婚生活によって受けた私の心の傷はこの先も消えることはありません。」

結審はもう時期です。
08/07
2007 Tue
準備書面
また来ました。

今度も数ページ読んだところでへこみました。
毎回、毎回、へこんでいるけど、今度という今度はかなりへこみました。

まぁ相変わらずこちらが否定していることを無視していい加減なこと言い続けているのですが…
私、読んでて、自分の人格を疑いました、ホントに。

私が悪かったのでしょうかね…

でも、とっても悲しくなったことがあります。

私の人格をめちゃめちゃにこき下ろすのは裁判の手段として仕方ないのかもしれませんが、今回はいわゆる夫婦の普通の日常生活についての答弁を完全に否定してきました。

「結婚記念日や誕生日、クリスマスなどを一緒に過ごしていたのは特に用事がなかったからである」

「誕生日に魚を買ってきて料理をしてくれたと言っているが、それはたまたま仕事帰りに店に寄ったら魚があり、当時魚をさばくことが趣味だったので買って帰っただけで、それがたまたま誕生日だったのであり、誕生日のためだったというわけではない。」

「私が釣りをしてきて汚れた体を洗うために風呂に入っている間に魚をさばく準備をしておくようにと言っても妻は「それはあなたの仕事でしょ」と言ってやってくれなかった」

「年末年始、お互いの両親の家に行ったのは、仮面夫婦を取り繕うためであり「円満な夫婦」を演出していただけである」

「もともと妻には「家庭的な食事を作る」という思考はなかった。ある日突然、取ってつけたように食事療法用の食事を作り始めたが、言われたからするという感じで、私に対する愛情から自発的に作るようになったものではない。私の推測では、私の母が夫婦が仮面夫婦であり実態のない夫婦であることに気付き、妻に指示したものと思われる」

「私は自分の仕事を手伝ってもらいたいなどとは思っていなかった。妻がやりたがっただけで、実際は迷惑であった。しかしそれを断ると喧嘩になるので我慢してやらせていた」

「義父の面倒は本当によく見てくれたしそれには感謝しているが、それと夫婦が破綻していたということは別問題である」

「前裁判で、妻は、離婚を拒否し反対した。やり直せるんだと言った。その時点ではすでに私が他の女性と付き合っていたことは知っていたのであるから、その時点でそのこと(女性と付き合っていたこと)は許されているのである」

まぁ一例を挙げればこのような感じです。
まだまだこんな調子でいろいろと言っております。

夕食はほとんど作っていましたが、それが「家庭的な料理を作るという思考はなかった」ということです。じゃあ一体、何が「家庭的な料理」というのでしょうか?療法食にしても、当然のことながら、夫の体を気遣ってはじめたことです。それが、「取ってつけたように…私の母からの指示であろう」などと…よくぞ言えたものだと思います。

そして…

「私はずっと親子関係のような仮面夫婦を演じてきました。妻はその状態を修復をしようともしませんでした。しかしながら、もし、そのことに妻が気付いていなかったのだとしたら、そのこと自体がそもそも我々夫婦の破綻の原因である」

だそうです。

仮面夫婦を演じていると一人でうじうじと思っていた夫に気付かなかった妻が悪い…そう言いたいのでしょうね。

全く騙されました。
08/03
2007 Fri
がむばるっ!
部長は完全に「やる気なし男」君になった。

今だけかもしれないしずっとかもしれない。

まぁいいや

私は自分が今できることを精一杯やろうと思う。

胃痛も頭痛も治まった。

まだ肩凝りだけは残っているけど、週初めよりは随分と楽になった。
気持ちも楽になった。

とりあえず、梅雨も明けたことだし、夏ばてしないようにがんばろ~!
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