離婚裁判3年目 判決離婚後の慰謝料裁判で一審判決棄却を不服として上告、このたび、晴れて高裁で勝利を獲得しました
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07/17
2007 Tue
裁判所に同情されるために
そんな一文が、ヤツの答弁書の中にあります。

私が、ヤツの書いた「妻は能力があるから、仕事などその気になればいくらでも見つかる」という一文に対して、「今の世の中、ずっと扶養でアルバイト程度の仕事をしていた女性がいきなりひとりで生活をしていけるほどの仕事を得られるのでしょうか…あまりにも無責任な言葉です」と書いたことに対する言葉です。

幸い、私はギリギリのところで知人の会社を手伝うことになり、何とか今の生活を得ました。
あのとき、声をかけていただかなかったら、今ごろきっと私は実家に帰るしかなかったのではないかと思います。

それを「本人の本心からではなく、裁判所に同情してもらうために書いた」と言い放ちました。
また、「私のことは遊ぶための資金源としか見ていませんでした」とも言っています。
そのために「離婚に反対し、婚費を長期間支払い続けさせるため、離婚裁判の高裁のときも和解期日において不誠実な対応に終始した」のだそうです。(これは何回もここに書いていますが…)

ていうか、裁判所はこんな答弁書を見て、まともに受け取るのでしょうか?

婚費を支払わせて遊ぶために…とか、同情してもらうために…とか…ホント、貧困な想像力に情けなくなります。
そんな人間にしか思われていなかったのです、私は。

また、家を購入したことについて「夫婦修復のために転居」とわけのわからんことを言っていたので「人生最大の衝動買い」と言ってましたが…と言ったところ

「夫婦修復」と「衝動買い」は別の次元です。
家についてはもっと情報を集めてから買えばよかったという自戒の念から出た言葉です。
そんなこともわからないとは非常に悲しいです。

だそうです。

私は正直、家を買った段階で「夫婦修復」が必要とは全く思ってませんでした。
そんな危機的情況にあったとも全く思っていません。

…ひょっとしてそんな壮大なヤツの計画を気付かなかった私が悪い?

今までの裁判所の判決もそういう理由からだったのでしょうか…気付かなかったあなたが悪い

今日、恩師の死を知らせてくださった先生に改めて御礼の電話とお通夜に行ったご報告の電話をしました。
しばらく、先生の晩年のお話をしてくださいました。

ただ、あまり亡くなったことを多くの人には知らせていなかったそうで、お天気が悪かったということもあったのでしょう、日曜日の告別式も思ったよりは人がいらっしゃっていなかったとのこと。
本堂での読経などは身内の方だけで済まされたようで、一般の方はお焼香と出棺のときのお別れのときだけだったようです。

そして、最後に先生を囲んで集まったとき、ヤツも来ていたことを教えていただきました。
もうその頃は周りはみんなうちの状況を知っていたそうなのですが(いつもだったらそういう場にはうちは夫婦必ず揃っていましたから)誰も先生にはそのことは言わなかったそうです。
まぁ、大した話ではないですが、どっちにしてもあまり体調のすぐれない先生を悲しませることはないと思ってくださったそうです。

せめてもの救いは、先生が最期まで私たち夫婦の泥沼を知らずにいてくださったことでしょうね。

結婚を報告しに行ったとき、先生は真顔でおっしゃいました。
「そんなつもりで紹介したんじゃないんだけど」って。

これって、当時は冗談かと思ってましたけど、今思えば本心だったのかもしれないですね。
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