離婚裁判3年目 判決離婚後の慰謝料裁判で一審判決棄却を不服として上告、このたび、晴れて高裁で勝利を獲得しました
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04/16
2007 Mon
父の涙
金曜日に母が入院しました。

手術のための大きな検査は終わったというのにベッドが空かず、数週間待たされました。

やっとベッドが空いたという連絡が来たのが木曜日。

そんなギリギリにならないとわからないのですね。

土曜日、朝、実家に帰り、母の見舞いに弟のお嫁さんと一緒に行きました。

父は家にいて、私とお嫁さんに近所の中華やさんにお昼を食べに行こうと言いました。
その中華やさんの息子は私と同級生の家で、何となく行きたくなくて、中華は食べたくない、病院に行く間にどこかで食べようよと言うと、父は「ふ~ん、食べてくれば?」とPCを開いて画面に向かい始めてしまいました。

そんなにその中華やさんに行きたいのか…なんて思ってちょっとあきれてしまい、病院に行かないのかと聞いたら、昨日、病院に行ったから今日は行かないとの返答。
何だか冷たいなぁなんて思ってしまった。

それと同時に、私は父がてっきり一緒に病院に行くとばかり思っていて食事の話をしていたので、行かないつもりで近くの中華やさんに誘っているのなら最初からそう言ってくれれば付き合ったのに…と、はっきりと言わない父にちょっとむっとしてしまいました。

そんなわけで母の病院にはお嫁さんとふたり、お昼も食べずに行きました。
病室の母を見るのはおそらく弟の出産以来初めてのような気がします。
1回目の入院のときは私は受験生で、すぐに帰ってくると言われて一度も病院には行きませんでした。
多分、受験生だった私に気を遣ってくれたのだと思います。
2回目はアメリカに長期滞在中だったので、これまた私に手術のことを知らせてきたのは直前で、その後もすぐに退院するし経過も順調だから帰ってこなくて大丈夫と言われて帰国することはありませんでした。
今考えるとなんて薄情な娘でしょうね。
ホント、申し訳なかったです。

さて病院に着くと母はベッドで本を読んでいました。
何だかホント、複雑な気分でした。
土日は先生もいなくて検査も特になにもせず、手術をするにしても体調を万全と整えてからということで、2週間くらいは病院で普通に過ごすということで、本人は暇を持て余している様子。
母に頼まれた買い物をしに近くのショッピングモールに行くと言うと、また帰ってくるよね?なんてことを言ってました。
昼間することがないと昼寝をしてしまうので、夜寝られなくて困るなんてことも言っていました。

結局、土曜日はのんびり母と過ごして、夕方になってから買い物をしてから帰ることにしました。
私とお嫁さんは病院を出ると近くのショッピングモールへ買い物に出かけました。
お昼を食べ損ねたので、二人で回転寿司に入り、結局お腹いっぱい食べてしまいました。
父と弟のご飯を作るつもりだったのですがそんなこんなで晩御飯はおみやげ寿司に変更(苦笑)

しかし家に帰ると父は具合が悪くなっていて、熱があると言い寝込んでいました。
どうやら風邪ではなくて2~3日、今年から役員になった自治会の資料の引継ぎやら何やらでよく寝ていなかったのでそのせいだったようで…。
お酒が飲みたい弟は、仕事帰りにバイクで実家に寄り、バイクを実家に置いて、お嫁さんが運転する車で帰りました。

日曜日、半日外出許可をもらった母を9時に迎えに行き、家につれて帰ってきました。
お昼ごはんまでに病院に戻ると言うので、あわただしく洗濯をしながら荷物をまとめ、お風呂に入っていました。
その間に弟夫婦がやってきました。
家にいたのは1時間ちょっとくらいだったと思います。
慌しく父ともろくに話もせずに病院へとんぼ返り。
私と弟夫婦で送っていくことになりました。
途中、同じ病室の人に頼まれた買い物を病院近くのショッピングモールで済ませ、母は私たちにそこでご飯を食べてから来るようにと言い、運動不足になるからとひとりで病院まで約5分の道を歩いて帰って行きました。
私たちは軽く昼食を済ませると、母の待つ病院へと向かいました。
病室に着くと、母の仕事関係の方がお見舞いに来て下さっていました。

入院したっていうとお見舞いにパジャマが殺到するようで、入院3日目にしてすでにパジャマが5着も増えていました。

この先、退院するまでに一体何着になるんでしょうか…。

私たちが顔を出すとそのお見舞いの方はお邪魔だからと帰ろうとするので、私たちが早々に引き上げてきました。

家に戻ると父は外出していました。
バイクで帰る弟は早々に引き上げ、お嫁さんと私はちょっとお茶をして、それからお嫁さんは帰っていきました。
それからほどなく父が帰宅。

私も帰らなければいけない時間となってきました。
父にご飯を作ろうと思っていたのですが、7時からまた会合で出かけるというのと帰ってきてなんだかバタバタしていたので、材料を仕入れ損ねてしまったというのもあり、そのまま帰ろうかなぁと思っていました。
すると父が「おごるからご飯を食べにいこうよ」と言うので、土曜日のこともあったので素直にご飯を食べに行くことにしました。

連れて行ってくれたのは近所のお寿司屋さん。

海鮮丼がおいしいということで、ふたりでオーダーしました。
父はよくそこに通っているようです。

私の裁判のことやら何やらいろいろ話をしていましたが、そのうち父が

「お前、お母さんの病状のことを何か聞いてないか?」

と言い始めました。

私は母から、検査の結果、転移はしていないようだということは聞いているという話をしました。
ひょっとして私が聞いていることと現実は違うのではないだろうか?そんな不安も父の口ぶりから沸いてきました。

が…実は父は私よりも母の病状をよくわからなかったようです。

母は自分がガンであるということは知っていますから、病院の先生との話も全部自分でしてしまい、ご家族を呼んでくださいなんてことはありません。
父は母からの話を切れ切れに聞いているだけのようでした。

しばし話をした後で、いきなり父はしみみじみとこんなことを言い始めました。

「お母さんとは何十年も連れ添ってきた。喧嘩ばっかりしてるけどね。でも喧嘩相手がいなくなったらさみしい…。何でね、何で彼女だけが3回もこんな目に遭わなくちゃならないんだろうね。私は盲腸でたった一度入院しただけなのに…。そう思うと不憫でかわいそうでね…」

そう言うと父は鼻をすすりました。

え…父、泣いている?
一瞬、私の勘違いかと思いました。

でも顔を上げた父の目は赤くなっていました。

正直ショックでした。
私の記憶にある限り、父が泣いている姿なんて見たことないです。

そんな風に父が母のことを思っているなんて…当たり前のことだとは思いますが、私にはそんな弱気な面を見せたことのない父でした。

大丈夫!

病院にいてもあっけらかんとしている母を見ていると悪い状況なんて全く私には想像できないのですが、そんな弱気な父を見ていると私まで不安になってきてしまいました。

そして、父は続けました。

「お母さんが内視鏡で細胞検査をするって聞いたとき、病院に電話して、先生に私は行ったほうがいいと思うのだけどどうだろうかと聞いたら、ただの検査ですから大丈夫ですって言われたんだよね」

そんな電話をしたなんて母は知っているのだろうか。

何だかこのことは母に伝えなければいけないと思ってしまいました。
いつも無口な父がこんな風に思っているってことは多分、母はわかってはいるかもしれないけど、やっぱり伝えてあげなきゃ…そう思い、病院の母にメールしました。

ホントは病院はケータイ禁止ですよね…

何年もずっとケータイを持たないと意地を張っていた母に私とお嫁さんが強引に持たせたのは今年になってからです。

でも、持った途端にこれです(苦笑)

必要なときに電源入れて使っているようですけど。
まぁ、持たせてよかったかなとも思います。

メールの返事は返って来ていません。
院内でメールを打つことまではさすがにしていない様子なので、受け専門にしているのでしょうね。
返事がなくても伝わればいいと思います。

余計なことしちゃったかな…
でも父の気持ち…母に伝えたかったのです。
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